品質保証者の憂鬱「あなたを見込んでご相談したいのです」

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前回は「制限事項」と「注意事項」の違いについて考えてみました。
今回は理屈ではうまく説明できない”感情”についてのお話をしたいと思います。

犬猿の仲とはよく言ったもので

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筆者は長い間、開発部門と品質保証部門に在籍していました。
私が仕事で関係した人たちの間では、開発部門と品質保証部門の関係を「犬猿の仲」と揶揄することが多くありました。
誰も望んで「犬猿の仲」なっているわけではないと思うのですが、両者の関係が拗れると、それを元の関係に修復するのはかなり難しいです。

開発部門と品質保証部門の仲が悪くなってしまう理由はいくつかあると思いますが、理由として「役割の違い」によるところが大きいと思います。
開発部門は、製品・サービスを作成するための技術的な専門知識を持ち、製品・サービスを開発することが主な責務ですが、品質保証部門は、製品・サービスの品質を保証する活動に関する専門知識を持ち、製品・サービスの品質が保証されていることを確認することが主な責務になります。
両部門の専門性や役割が異なるため、お互いのコミュニケーションにおいて認識のズレが起きやすく、仲が悪くなる要因になると思います。

また、開発部門は、スケジュールや予算の制約の下で製品・サービスを開発することが一番の関心事すが、品質保証部門は、製品・サービスの品質を保証するために十分なリソースを要求します。
多くの場合、Q(品質)、C(コスト)、D(納期)は何らかのトレードオフの関係にあり、両者の利害がぶつかる要因になります。

人間は感情の生き物

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人間は理屈だけでは動きません。
「人間は感情の生き物」なので、理屈では「協力し合おう」とわかっていても、何らかの事象が引き金になって感情的になってしまうと「協力」なんていう言葉はどこかに消えてしまいます。
感情は人間が生活する上で非常に重要な役割を果たしていて、人間が経験する出来事は、物事に対する評価を形成する上で、大きな役割を果たすそうです。

人間はある経験(事象)を記憶するときに、そのときの経験に関連する感情も一緒に記憶する傾向があるそうです。
この現象は「感情的なエピソード記憶」として知られています。

感情的なエピソード記憶は、詳細な情報を記憶する傾向があるため、その他の情報よりも長期的な記憶の形成に寄与することがあります。
感情が関与すると、その経験の多くの側面をより明確に記憶するようになるようです。
例えば、ミスをしたときに上司に酷く叱責された場合などでは、ミスをした仕事と「嫌な」や「怖い」のような感情も一緒に記憶されることになります。
これが強力だと「トラウマ(自身を傷つけるような体験をしたことによって、心理的に深い傷を負うこと)」になったりします。

仕事上、開発部門と品質保証部門はお互いの主義主張をぶつけ合うことが多くあり、仕事と「よくない感情」がセットで記憶されることになり、その後の活動が常時「臨戦態勢」になったりします。

とは言え、仕事は仕事です。
感情に振り回されていては仕事が進みません。

開発戦線異常あり

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私が品質保証部門で仕事をしていたとき、品質保証者の仕事の一つに、開発部門の各グループマネージャや部門長のところに赴いて、製品・サービス開発の進捗や品質の状況を確認する作業がありました。
開発が初期段階の頃はかなり余裕があるので、私が対応する各役職者の方も普通に対応してくれます。
しかし、納期が迫ってくると「ピリピリ」した雰囲気が充満していき「開発戦線異常あり」な状況になることが多々ありました。
暗雲が立ち込める状況になると、単なる確認作業ですら色々と行き詰まってきます。

まず「打ち合わせをしてくれない」です。
各役職者の方々は皆さんとても忙しいので、開発成果物を作成する行為に直結しない活動に時間を割いてくれなくなります。

また「送信したメールに対する返信が無い」や「電話に出てくれない」も頻発します。
社内携帯電話の電源をOFFにされていたこともありました。

私も長い期間、開発エンジニアをやっておりましたので、心情はよくわかります。
”品質なんかに関わっていたら、機能開発が停滞する”
と本気で思っていた時期もありました。

私が必死に動けば動くほど、グループリーダやグループマネージャは「開発活動の”邪魔”をしている」としか見えない品質保証活動を”全力で”阻止しようとしてきます。

お願いしてはいけない

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私の先輩に、品質保証者としての活動がうまくいっていないことを相談しました。
先輩はしばらく考えて
「相手にお願いばっかりしているんじゃないか?」
とおっしゃいました。
言われてみれば確かに、いつもこちらから先方に「XXXをしていただけますか?」とか「XXXの提出をお願いします」というようなフレーズばかり使っていたように思います。

先輩は続けて言いました。
「もし君が相手の立場だったとして、いつも相手がお願いばっかりしてきたら嫌にならないか?」

さて、ではどうすればいいのでしょうか?
袖の下を包むなんてことはコンプライアンス違反になるので全力で却下です。

「あなたを見込んで相談したい」の効力

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先程「人間は感情の生き物」と言いましたが、相手にお願いしてばかりだと「こいつはいつも自分の利益のことばかり考えている」と受け取られてしまいます。

「お願いばかりする奴」=「我々(開発者)の邪魔をする奴」
の図式が出来上がって「邪魔をするな!」の感情と一緒に記憶されてしまうと、その後の活動に多大な影響が出ます。

先輩から一つのヒントをもらいました。
「あなたを見込んで相談している」
という状況を作る、ということでした。

あからさまに相手を持ち上げ過ぎると逆効果になりますが「お願い」よりは「(あなただから)相談するんですよ」という姿勢は重要です。
実際のところは、”お願いする内容”自体を相談しているわけなのですが、この「ご相談したい」は効果がありました。

特に、相手が「能力があり」かつ「地位の高い役職」の方にとっては、私の様な「新参者の品質保証者」は”指導する”の対象になります。
また、私が経験豊富な品質保証者だったとしても、相手の立場に立つ姿勢を見せて「相談する」というスタイルから入ることはそれなりに効果があると思いました。

その後、私は開発部門長と打ち合わせをする度に、この「ご相談」をフルに活用しました。
人間は自分が頼りにされていると思えば、悪い気はしないはずです。
相談の場では「悪い感情」を持たれないように努めます。
私は本当に進め方に困っていたので、開発部門長に対する「ご相談」は素直な気持ちで出来たと思います。

何度か「ご相談」を持ちかけていると、施策の進め方に窮している私を見た開発部門長は次のように言いました。
「困っていることはよくわかったし、言いたいことも理解した。この後は俺がなんとかする」
部門長にまで上り詰めた人なので、能力が低いわけがありません。
その後は開発部門長の指導のもと、抵抗勢力を説得していただき、これまで何ヶ月も停滞していた課題があっさりと解決していったのです。

上司に”ゴマをすれ”とは言っていません。
双方が気持ちよく仕事ができれば、それが一番よいことなのですから。

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